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忍者が食べていたもの

人間誰しも、食事をしなければ生きていけません。忍者もその例外ではなく、忍術や兵法と同じくらいに食の研究を行っていました。忍者は日常の食事で食べる料理や食材の組み合わせを研究し、どういった食材をどのように料理すれば身体にどのような影響が出るのかという、現代で言う食育を先取りしていたのです。

忍者の食文化を知る!

忍者にとって、食は日々の修行と同じくらいに大事な日課であったと考えられています。忍者は経験的に、何を食べればどのような作用があるのかを見分けて分類し、受け継いでいったのです。また、調理に時間を掛けられない任務活動中に食べられるような携帯食の開発も忍者にとって重要な役目であったと言えます。一食抜いたことで追っ手に捕まるような失態を犯すのは、信頼問題に繋がるからです。

忍者の日常食

忍者が日ごろ食べていたといわれている食品の一つが、大豆食品です。大豆は畑の肉と言われるほどに、植物性たんぱく質を豊富に含んでいます。大豆は肉を食べる機会が少なかった当時の日本人を支えた素晴らしい食材なのです。大豆食品は日々の修行で酷使した身体を癒し、筋肉を育てるにはうってつけと言うだけでなく肌を綺麗にするので変装もしやすくなるのです。忍者は大豆の他にも、ミネラルを豊富に含み脂肪代謝効果を高めるゴマや、ビタミンや食物繊維を含んでいる玄米と言った現代での健康食品を常食していたのです。

能力を高める忍者の日常食

また、忍者は任務活動のために必要な能力を高める手段を修行と食に求めています。その一つがスルメです。スルメをよく噛んで食べることで顎が強くなり、歯を食いしばって全力を出しやすくなります。それに、スルメの原材料であるイカには目や肝臓を強化するタウリンが豊富に含まれているのです。他にも山椒や人参でビタミンAを摂って、暗視能力を高めるなどの工夫をしていたようです。また、炊いたお米を水分が飛ぶまで炊き上げる「焼乾(たきいい)」にして食べると滋養強壮効果が出ると言われ、好んで食べたと言われています。

忍者の保存食

忍者が活躍した戦国時代は、農業が充分に発達していなかったので農作物が採れなくなることもしばしばあったのです。その為、忍者は豊作の時に保存性を高める調理を行った農作物などを備蓄しておく用意を欠かさなかったのです。

米から作る保存食

日本に稲作が伝来して以来、米は日本人の主食として大事に扱われてきました。そんなお米を保存食として利用しない手はありません。忍者は、一度炊き上げた米を天日で乾燥させた「干し飯」にして保存が利くようにしたのです。米は炊くことによって、米の中に含まれるでんぷんがアルファ化して甘みが出て食べやすくなります。アルファ化した状態の米を乾燥させて水分を飛ばすとでんぷんのアルファ化が維持されるだけでなく保存性が高まるのです。干し飯は忍者だけでなく、武士たちの携行保存食として活躍したと言われています。干し飯を食べるときは水に浸すか炊き直して柔らかくするか、そのまま齧っていたと言われています。

伊賀越えから生まれた佃煮

浅草名物の佃煮も、忍者によって生まれた保存食であると言われています。徳川家康が本能寺の変の後、伊賀忍者の力を借りて境から三河への強行軍を行った「伊賀越え」の最中、大阪の佃村の住民が渡川に協力した際に提供した魚や貝を塩茹でにした干物が佃煮の原型になったと言われています。魚などの生ものは、塩分を通して乾燥させることで保存性が高まるのです。後に家康が徳川幕府を開いたとき、佃村の住民を現在の佃島に移住させたことによって現在の佃煮が生まれたと言われています。また、家康は佃村の住人に大名の台所事情を探らせる諜報員としての役割を与えたとも言われ、佃煮と忍者は切っても切れない関係を持っているのです。

伊賀忍者が生んだ名物「かたやき」

現在の伊賀の名産品の一つに「かたやき」があります。小麦粉を原料にして砂糖で味付けしたお菓子なのですが、かたやきの特徴はその堅さにあります。どのくらい堅いかというと、「迂闊に噛んだら歯が折れる」「食べるときは付属の木槌で砕いて食べる」ほどです。かたやきは「二度焼き」という意味を持つビスケットのように、焼き締めることで保存性を高めているのです。このかたやきは、伊賀忍者が保存食として食べていたと言われ食べるときは刀の鍔で砕いて口の中でふやかしていたと言います。

忍者の携帯・非常食

保存食は、保存性を高めているため栄養バランスは二の次であると言っても過言ではありません。忍者は、腹持ちが良くて活力が沸いてくるような食糧を必要としていたのです。車が適切なガソリンを補給しなければエンジンは性能を発揮できないように、栄養と満腹感を満足させる適切な食糧でなければならないと忍者は考えたのです。そこで登場するのが忍者食と呼ばれる携帯・非常食なのです。

疲れ知らずの「兵糧丸」

兵糧丸は、もっとも有名な忍者食の一つであるといっても良いでしょう。「一つ食べれば一日動き回れる」と言われる程にカロリーを持つイメージを持っています。忍者だけでなく武士も戦場に持っていったといわれる程に当時から人気の高かった忍者食だったようです。兵糧丸の原料はソバ粉・はと麦・ゴマ・蜂蜜・砂糖などで、国ごとに材料やレシピが違うようです。兵糧丸のカロリーは一個約300kcalほどで、成人男性の一日に必要なカロリーを最低でも四個は食べなければならないようです。戦国時代の人たちは、一日二食が普通だったことを考えると、現代人よりも燃費が良かったようです。

甲賀忍者の非常食「飢渇丸」

「飢渇丸(きかつがん)」は、甲賀忍者が愛用したと言われている忍者食です。飢渇丸は「一日三粒飲めば心力衰えることなし」と言われ、どちらかと言えば健康食品に近いものです。飢渇丸の主成分には、滋養分が強く採取後は数年間土を休ませなければならないと言われる朝鮮人参が使用されています。朝鮮人参のほかにも民間薬として知られるユキノシタやカンゾウ、ヤマイモなどの滋養分の強い野草が含まれており、製薬技術に長けた甲賀忍者の面目躍如と言う感じです。これらの材料を丸薬状に加工した飢渇丸を携えて甲賀忍者は活動していたのです。滋養強壮効果の強い飢渇丸は、耐え忍ぶことを旨とする忍者にとって必需品でもあったのです。

水がない場所での強い味方「水渇丸」

10年ほど前の日本は「水と安全はタダ」と言われるほど、整った水道設備を誇っていました。しかし、忍者が活躍していた時代は水道設備という上等なものはなく、井戸か川から水を汲んでくるのが当たり前だったのです。そんな水事情もあって、水を飲みたいと思ったら汲んで来るか竹で作った水筒に入れておくのが普通だった時代、任務活動中の忍者は自由に水を飲むことが出来ませんでした。そこで登場するのが「水渇丸」です。水渇丸は喉が渇いた時に飲めば、喉の渇きを癒せる非常食です。水渇丸の原材料となるのは梅干と砂糖で、その酸っぱさで唾液を分泌させて飲み干すことで喉の渇きを癒すと言うものなのです。「なんだ、所詮はインチキか」と思わないでください。現代の軍隊でも、「喉が渇いた時は犬歯をしゃぶって出た唾液を飲め」と教えているのです。水ばかり飲んでいると、血液のイオンバランスが崩れて、頭痛や吐き気を伴う水中毒になってしまうのです。唾液を飲むようにすると、全身の水分量を保つことが出来るのです。

食べられる巻き菱?

忍者が追っ手を足止めするために使う忍具である巻き菱は、非常食としての機能を持っています。ただし、私たちが知っているような鉄製の巻き菱ではなく天然の材料から巻き菱のみが非常食となるのです。巻き菱に使うヒシの実は、天日乾燥させることで水分を飛ばして堅くしているので保存性も高いのです。ヒシの実はでんぷん質を豊富に含んでいるので栗のような味がするといわれています。巻き菱を食用に使うには、茹でたり蒸したりする必要があります。

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